キルギスタンの山々

8月16日更新

キルギスの山々は、主に天山山脈パミールの二つの大規模な山塊からなっており、その地質学的性質も異なっています。キルギスタンの地理を把握する上では、広義の天山山系をさらに7つに分けて、下の図のように便宜的に8つの山域として考えることができます。それぞれの地域にはさらにいくつかの長大な山々の連なりがあり、全土にははおよそ88の山脈があると言われています

地形図等の詳細な地図については、「キルギスタンの地図」をご参照下さい。

キルギスタンの主な登山地域

  1. テングリ=タグ(Тенгри-таг|Tengri-tag)[中央天山] 天山山脈の核心部で、最高峰パビェド[7439m]とハンテングリ[7010m]が聳えるキルギスにおける登山の聖地
  2. アラアルチャ国立自然公園(Ала-Арча|Ala-archa)[天山北部(キルギス山脈)] 首都から1時間程度でアクセスできる、住民にとっての上高地・登山者には穂高連峰的存在の自然保護区
  3. テルスケイ=アラトー(Терскей Ала-Тоо/ Terskey Ala-too)[東部山地] 玄奘三蔵やロシアの探検家セミョーノフゆかりの山地で、後背地には野性的な秘境が控える
  4. 西カクシャール山脈(Западный Кaкшаал|West Kakshaal)[東部山地] 「キルギスの南極」とも言われるほど気象条件の厳しい、玄人向けの僻地
  5. アチクタシュ渓谷(Ачык-Таш|Achуk-tash)[パミール(ザアライ山脈)] キルギス御三家のもう一座レーニンピーク[7134m]のBCに至る、独特の景観をもつ渓谷
  6. ドゥゴバ渓谷(Дугоба/ Dugoba)[パミール(アライ山脈)] ソ連時代に登山拠点として賑わった過去をもちながらも、未だ多くの未踏峰が残される穴場
  7. カラフシン渓谷(Каравшин|Karavshin)[パミール(トルキスタン山脈)] 中央アジアのヨセミテないしパタゴニアと謳われた、知る人ぞ知るクライミングのメッカ

▶︎地名の表記について

中央天山山脈(Central Tianshan)

中央天山山脈(Тянь-Шань|Теңир-Тоо|Tianshan, Tian Shan)は、中国側の天山山脈を含めた視点での呼び名で、キルギス共和国東端から新疆ウイグル自治区西端にまたがる天山山脈の核心部を表す。

CTS mountain ranges

エングリチェク渓谷とテングリ=タグ

[1859年]午後1時ごろ、私たちは山道の頂に達した。そして、眼前にひらけている予期せぬ景観に、はっと息をのんだ。私たちから真南にあたる所に、これまで私の見た山脈のうち、もっとも雄大な山脈がそびえ立っていたのである。…山脈はもちろん、それぞれの頂の間も一面の万年雪であった。これらの巨山のちょうどまん中に、ひときわ高くそびえ立っている、先のとがったピラミッド型の雪山があった。峠から見ると、その山は他の山々より二倍も高いように思われた。…

雄大なながめは、世界無比かと思われた。…土地の住民たちは、これらの雪の頂きを精霊になぞらえて、この山群を呼ぶのにテングリ=タグ《Тенгри-таг/ Tengri-tag》(精霊の山脈)という詩的な名をもってし、それらを圧する巨山を呼ぶのにハン=テングリ《Хан-Тенгри/ Han-Tengri》、すなわち精霊の王なる名をもってしている。全山系に与えられている天山《Тянь-Шань/ Tyan’-Shan’》という中国名も、これから出ているのである。

ピョートル・セミョーノフ(Пётр П. Семёнов)著・樹下節訳『天山紀行』

キルギス共和国の東端のテングリ=タグ(Тенгри-таг|Tengri-tagh)がその中心に鎮座し、天山の双璧を成すハンテングリとパビェドを筆頭に23の6000m峰が連座している。キルギスタンでもっとも耳目を集める山域の一つで、ソ連時代の終わり頃から多くのアルピニストが訪れているため情報も比較的手に入りやすい。かつて天山の最高峰と目されていた ハン=テングリ(Хан Тенгри|Khan Tengri)は、従来標高が6995mとされていたものの、氷河を考慮すると山頂が7010mに達するため、一般的に「7000m峰」とみなされている。一方のパビェド峰(ポベダピーク、勝利峰|пик Победа〈勝利〉|Жеңиш чокусу|Pobed peak)は、相方の20kmほど南方の目と鼻の先にありながら、1943年になって初めて公的に認識され、その3年後対ナチスとの戦勝を祝してようやく名付けられた。キルギス最難峰の一つで、記録に残されている初登頂は1956年となっているが、1938年に既に登られていたという説も広く受け容れられている。中国との政治的関係の悪化から、その後ほとんど民間人がこの国境地帯に立ち入ることのない時代が続いたが、1985年に第二次世界大戦終戦40周年記念行事の一貫として米ソ合同の登山隊が登頂して以来、登山家たちの聖地として人が集まるようになった。

一般的なベースキャンプは、両者の間に在るゴーリキー峰(Максима Горьково/ Gor’kiy)[6050m]の南東麓[約4000m]に7月中旬から8月末頃まで設置されており、カラコルから続く未舗装路(A364)沿いの廃墟化した町から10km東方の夏期幕営地マイダ=アドゥル(Майда Адыр|Mayda adyr, Maida adyr)[2600m:N42.0870, E79.2451]から、ヘリコプターか、エンギルチェク渓谷・氷河(イヌルチェク|Иныльчек|Эңилчек|Inylchek, Engilchek)を遥々遡って(4日間)辿り着くことができる。ハンテングリとパビェドでは後者の方が高さだけでなく技術的な難易度も高く、両方の登頂を狙う場合はほとんどの場合ハンテングリを先に登る。ハンテングリでは、鞍部より上部の稜線にはフィックスロープも備え付けられており、登攀用の装備は必須ではありません。ただし、 クレバスへの転落や雪崩のリスクは言うまでもなく、氷塊の崩落(アイスフォール)も避けて通れない危険因子で、気温が上がる8月末頃は特に注意が要る。南方で広大なタクラマカン砂漠に接するという特殊な地勢から概して気象条件は過酷ですが、天気が相対的に安定するのは8〜9月頃で、9月には気温が下がってしまうことを鑑みると、8月上旬が最適期と言える。周辺には、当然のことながらこの二座の他にも多くの高峰が犇いていおり、わずかながら6000m級の未踏峰が残されているのもこの山域です。

テルスケィ=アラトーとその後背地

また、ウスク湖(イシククル)の南縁を睥睨する遠大なテルスケイ=アラトー(Терскей/ Terskey)の東部には、カラコル市街の背景にその姿を覗かせているカラコルスキー峰(Караколский|Karakol)[5216m]が聳え、そのお膝元の国立公園区域にある山上湖アラコル(湖)(Ала-Көл|Ala-kol)[3550m]を通って周回するトレッキングはとりわけ人気がある。この山塊の北西面はキルギスを代表する近代的なスキー場になっていて、アウトドア基地としてのカラコルの冬場の呼びものとなっている。カラコルより西方にあるバルスコーン(Барскоон/ Barskoon)や玄奘が通ったと推定されるボコンバエヴ(Бөкөнбаев/ Bökönbaev)といったイシククル南岸の各町も、北に向かって開かれた渓谷への入口であり、鷹匠と共に伝統的遊牧民文化を体験する乗馬トレッキングや、極めて希少なユキヒョウのフォトハンティングといったユニークなツアーも企画されている。

西部テルスケイ=アラトーの背後(南側)はより玄人向けのアプローチが困難なエリアで、5000m前後の峰々を取巻く広汎な万年雪に覆われたアクシュイラク山脈(Ак-Шыйрак/ Ak-shıyrak)では、主に北斜面で夏の最盛期以外の一年を通じてバックカントリースキーをすることもできる。北西側にキルギス最大の金鉱があるため、カナダ資本の運営会社クムトール(Kumtor)の許可を得れば、アクセスに整備された道路を用いることも可能。アクシーラクの東に坐すのが、山域の最高峰コンスティトゥーツィヤ(пик Конституции〈憲法〉|Constitution peak)[5281m?]を戴いた野性味溢れるコーリュ山脈(クイリュー|Куйлю/ Kuylyu|Көөлү/ Köölü)で、山の多くは未開拓です。また、これらの山塊の狭間は、サルチャト=エルタシュ動物保護区(Сарычат-Эрташ|Sarychat-Ertash)に指定されており、オオカミや野生の山羊アイベックス(Capra sibirica)、角の一層大きな野生の羊アルガリ(Ovis ammon)、運が良ければ(或いは悪ければ)ユキヒョウ(Panthera uncia)にも出会い得る秘境です。ただし、指定区域への立ち入りにはバルスコーンにある事務局から許可を得る必要がある。

天山山脈北部(Northern Tianshan)

一口に北部天山山脈といっても、東西に延びる長大な山系で、バルクチュ北西のチュイ渓谷(Чүй|Chuy)を境に、ビシュケクの南方に並み居る西のキルギス=アラトーと、イシククルの北側に立ち並ぶ東のクンゴイ=アラトー、さらにその北側のカザフスタンとの国境に跨がるイリ(又はザイリ)=アラトーに分けることができる。

East NTS

他方クンゴイ=アラトー(クンゲィ|Кунгей/ Kungey|Күнгөй/ Küngöi)とイリ=アラトー(Илиский|Ili) の首座といえば、カザフスタン側のタルガル(Талгар|Talgar)[4978m]で、国境がなかったソ連時代は、カザフスタン側から山越えをしてキルギスタンに入るといったことも盛んだったようですが、両国独立後は手続き上の問題からこうしたことは事実上できなくなってしまい、入山はふつう北岸の観光都市チョルポンアタ(Чолпон-Ата|Cholpon-Ata)周辺からに限られる。ただ、冬季に湖面に浮き立つように一望できる雪山の連なりは美しく、どちらかと言うと眺める山として親しまれている。

West NTS

キルギス=アラトー(Кыргызский Ала-Тоо|Kyrgyz Ala-too)は東西300kmにも及びますが、登山者の関心を呼ぶのは主に、首都圏からのアクセスが容易でこの山系の主峰が群立するアラ・アラルチャ国立公園とその周辺の渓谷です。一風変わった例を挙げると、ビシュケクとトクトグル方面を結ぶ国道M41の東にあるアクスー渓谷(Ак-Суу/ Ak-suu)は、最深部の標高2500m近くまで道路が延びており、2011年に一躍ウラジミール・プーチン峰(пик Владимирa Путинa|Vladimir Putin peak)[4446m]と名付けられた目立つ山の麓までアクセスすることが可能。 東側には、2000年にクルグズ人ノーベル文学賞の名が賦与されたアイトマートフ峰(пик Айтматова|Aitmatov peak)[4650m]を挟むように、一般向けの宿泊施設も備えたアラムドゥン渓谷(Аламүдүн/ Alamüdün)とウスクアタ渓谷(Ысык-Ата/ Isık-ata)が流れを刻んでいる。前者は高度1000mの岩壁も擁しているが、アプローチに時間を要する。

天山山脈西部(Western Tianshan)

西部天山山脈は、キルギス山脈の支脈からオトモク峠(Өтмөк/ Ötmök)を挟んで東西に走るタラス山脈(Талас/ Talas)と、北東〜南西方向に並んでいる三つの山脈から成っている。キルギスの西側は、いくつかの山地によって首都圏から隔てられているためアクセスが不便であり、むしろ山系の北側ではカザフスタンのタラズ(Тараз/ Taraz)、南側ではウズベキスタンのナマンガン(Наманган/ Namangan)の方が空間的にも経済的にも近いのもあって、登山の対象としては一般的ではありません。

WTS mountain ranges

最高峰はフェルガナ盆地に面したチャトカル山脈北部のアフラトゥン峰(Афлатун/ Aflatun)[4503m]で、南東山麓には植生豊かなパドゥシャアタ(Падыша-Ата/ Padısha-Ata)と湖も美しいサルチェレク(Сары-Челек|Sary-chelek)の二つの自然保護区がある。ランドマークは、西の果てのカザフスタンとウズベキスタンとの国境付近に悠然と聳え立つマナス山(Манас/ Manas)[4484m]で、伝説的英雄の名に相応しい居住まいを見せている。この山の20km北方に位置するシャケル(Шакер/ Shaker)という村は、文豪チンギス・アイトマートフの生まれ育ったところで、西の都タラスの近郊には博物館を備えたテーマパークのようなマナス記念公園(Манас Ордо/ Manas Ordo)がある。

キルギスタン中部山地

Central mountain ranges

ナルン北西の美しい天上の湖ソンクル(Сонкель/ Sonкеl’|Соң-Көл/ Song-köl)を取り囲んでいる4000mに満たない山地ですが、湖畔まで自動車でアクセスすることが可能なのもあり、キルギスの自然と文化をほどよく堪能したい場合には理想的な土地です。青々とした草が生い茂る夏の間は、湖周辺の遊牧民が羊や馬などの家畜を放牧するために移動式住居ユルタ(ボズュイ)を建てて昔ながらの生活を送っており、数箇所で観光客向けに整備されたキャンプも設営されているため、各社が乗馬やトレッキングなどを交えたツアーを提供している。

ナルン東部山地

ナルン東部・南部・西部というのは、国土の中央に位置する町ナルン(ナリン|Нарын|Naryn)を視点とした便宜上の呼称であって、実際の呼び名はイシククル(湖)南岸山地等まちまちで特に一定していない。ここでは「ナルン東部山地」は、テルスケイ=アラトー西部やカクシャール山脈中部を含む中央天山山脈西方を広く指しています。

Eastern mountain ranges

ナルン南部山地

Southern mountain ranges

これらは、人里から最も隔たれた土地にあって、人を寄せ付けない気候的にも厳しい山域ですが、テングリタグから延々と中国・新疆との国境を成す西カクシャール山脈(Западный Кокшаал, Какшаал|West Kakshaal)は、1970年代以降それなりの数の遠征隊が訪れている。それでも、氷河が張り付いた5000m級の高峰群は、半数以上が未踏のままです。また、カクシャールの北西側にある、ボルコルドイ山脈(Борколдой/ Borkoldoy)といったいくつかの連峰は、キルギスタンでも最も手付かずの山域で、登頂記録が数える程しか残っておらず、ほとんどの4000m峰といくつかの5000m峰が未開拓とされている。このエリアには、『東方見聞録』に言及されていることからマルコポーロシープの名で知られる、アルガリの亜種(O. ammon poli)も生息している。

人跡未踏という点から言えば、ナルン南方・中国国境のトルガルト峠(Торугарт/ Torugart)から北西に向かって伸展しているアトバシ山脈(Атбашинский|Ат-Башы|At-bashy)は、首都圏から遠く離れてはいるものの、北麓に沿って公道が通っているのでアクセスが比較的容易な穴場と言え、中央アジア最大と言われる滝もある。4000mクラスでも、多くの処女峰が残されているとされ、オフロード車や馬を駆使すれば、頂上から標高差700mの辺りまでにABCを設営することが可能。

ナルン西部山地

Western mountain ranges

ナルン西方には、標高4000m前後の長大なフェルガナ山脈(Ферганский|Fergana)が延びている。特に目立った山もなく、道路事情が悪くて都市からのアクセスも不便なため、通常登山の対象となることは稀です。その反面無名峰も多く、初登頂を狙う際には候補地として一考に値する。

パミール(Pamir Mountains)

パミールは、日本では「パミール高原」の通称でも知られており、ヒマラヤからヒンドゥークシュや崑崙山脈を経て天山へと連なるアジア中部の長大な山塊の一部で、キルギスタンでは南部のタジキスタン国境に沿ってトルキスタン山脈やアライ・ザアライ山系を成している。

Pamir mountain ranges

パミールは平均標高が5000mともいわれ、キルギスのタル河(Тар/ Tar)の周縁[N40.3, E74.2]で天山山脈と接している。山系の大部分はタジキスタンに属すが、大河クズルスー(Кызыл-Суу|Kyzyl River)の北側に横たわるアライ山脈(Алайский|Alay)・トルキスタン山脈(Туркестанский|Turkestan, Turkistan)の北面・レーニンピークが君臨するザアライ山脈(大アライ|Заалайский|Чоң Алай/ Chong Alay|Zaalay)の北面は、キルギス共和国の領内にある。フェルガナ盆地一円を中心としたキルギスタン南部は、イスラム色の強いウズベク文化・経済の影響が濃く、ウズベキスタとタジキスタンの飛び地が在るなど文化的背景が異なる民族が混在しているため、その他の地域とは異なった趣がある。

パミールの南部は、ヒマラヤ同様に夏の前後にわたってアジアモンスーン(季節性の海陸風)の影響を受ける一方、内陸のキルギス側の気候は大陸性で5月と9月に降水の極大があるのみで、天山中部に比べてもやや落ち着いている。この山域でもっとも知られているのはレーニンピーク(イブン=シーナ峰|пик Ленина|Lenin peak, Ibn Sina peak)[7134m]で、メジャールートは、世界の7000m峰に比べて傾斜も緩やかで技術的にも登りやすいため、高所登山の事始めや高度順応に適しているとされている 。このため毎年夏になると観光系の企業数社が山麓にベースキャンプ(BC)を設置し、登山者で賑わう。 独立した遠征隊であれば、難易度的にも大差なくより人の少ないアチクタシュの20km 西方のカマンスー渓谷(Каман-Суу/ Kaman-suu)からアプローチ・アタックすることも可能。オシュから南部に延びる道路はいわゆるシルクロード(南道)の一部とされ、BCに到るアチクタシュ渓谷(Ачик-Таш/ Achik-tash)では遊牧民の住む景観にふれることもできる。

バトケン(Баткен/ Batken)の南西80km、タジキスタンとの国境に聳えるピラミッドピーク(пик Пирамидальный|Pyramid peak)[5509m]から北に向かって延びるカラフシン渓谷(Каравшин/ Karavshin)は、北米のヨセミテや南米のパタゴニアとも並び称されるクライミングのメッカで、イエローウォールに代表される垂直2000mにも及ぶ岩壁群が犇いている。キルギスでは最南端にあたるため、6月から9月にかけて比較的気象条件がよく 、降雨は秋に多くなる。このエリアでは2000年の夏に、アメリカやドイツ等のクライミンググループが、「亡命先」のタジキスタン・アフガニスタンから山を越えて来たイスラム原理主義組織(Islamic Movement of Uzbekistan)によって人質に取られる事件があったものの、それ以後山岳地での兇悪犯罪などは報告されていない。

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