キルギスタンの山々

6月15日更新

概要

キルギスの山々は、主に天山山脈パミール高原の二つの大規模な山塊からなっており、その地質学的性質も異なっています。キルギスタンの地理を把握する上では、広義の天山山系をさらに7つに分けて、下の図のように便宜的に8つの山域として考えることができます。それぞれの地域にはさらにいくつかの長大な山々の連なりがあり、全土にははおよそ88の山脈があると言われています

キルギスタンの山域
キルギスタンの山域
天山山脈北部天山山脈西部中央天山山脈キルギス中部山地ナルン東部山地ナルン南部山地ナルン西部山地パミール高原

地形図等の詳細な地図については、「キルギスタンの地図」をご参照下さい。

キルギスタンの主な登山地域

  1. テングリ=タグ(Тенгри-таг/ Tengri-tag)[中央天山] 天山山脈の核心部で、最高峰ポベダ[7439m]とハンテングリ[7010m]が聳えるキルギスにおける登山の聖地
  2. アラアルチャ国立自然公園(Ала-Арча/ Ala-Archa)[天山北部(キルギス山脈)] 首都から1時間程度でアクセスできる、住民にとっての上高地・登山者には穂高連峰的存在の自然保護区
  3. テルスケイ=アラトー(Терскей Ала-тоо)[東部山地] 玄奘三蔵やロシアの探検家セミョーノフゆかりの山地で、後背地には野性的な秘境が控える
  4. 西カクシャール山脈(Западный Кaкшаал/ West Kakshaal)[東部山地] 「キルギスの南極」とも言われるほど気象条件の厳しい、玄人向けの僻地
  5. アチクタシュ渓谷(Ачик-таш/ Achik-tash)[パミール(ザアライ山脈)] キルギス御三家のもう一座レーニンピーク[7134m]のBCに至る、独特の景観をもつ渓谷
  6. ドゥゴバ渓谷(Дугоба/ Dugoba)[パミール(アライ山脈)] ソ連時代に登山拠点として賑わった過去をもちながらも、未だ多くの未踏峰が残される穴場
  7. カラフシン渓谷(Каравшин/ Karavshin)[パミール(トルキスタン山脈)] 中央アジアのヨセミテないしパタゴニアと謳われた、知る人ぞ知るクライミングのメッカ

▷地名の表記について

中央天山山脈(Central Tianshan)

午後1時ごろ、私たちは山道の頂に達した。そして、眼前にひらけている予期せぬ景観に、はっと息をのんだ。私たちから真南にあたる所に、これまで私の見た山脈のうち、もっとも雄大な山脈がそびえ立っていたのである。…山脈はもちろん、それぞれの頂の間も一面の万年雪であった。これらの巨山のちょうどまん中に、ひときわ高くそびえ立っている、先のとがったピラミッド型の雪山があった。峠から見ると、その山は他の山々より二倍も高いように思われた。…

雄大なながめは、世界無比かと思われた。…土地の住民たちは、これらの雪の頂きを精霊になぞらえて、この山群を呼ぶのにテングリ=タグ《Тенгри-таг/ Tengri-tag》(精霊の山脈)という詩的な名をもってし、それらを圧する巨山を呼ぶのにハン=テングリ《Хан-Тенгри/ Han-Tengri》、すなわち精霊の王なる名をもってしている。全山系に与えられている天山《Тянь-Шань/ Tyan’-Shan’》という中国名も、これから出ているのである。[※1859年]

ピョートル・セミョーノフ(Пётр П. Семёнов)著・樹下節訳『天山紀行』

中央天山山脈は、中国側の天山山脈を含めた視点での呼び名で、キルギス共和国東端から新疆ウイグル自治区西端にまたがる天山山脈の核心部を表します。

CTS mountain ranges

キルギス共和国の東端のテングリ=タグ(Тенгри-таг/ Tengri-tagh)がその中心に鎮座し、天山の双璧を成すハンテングリとポベダを筆頭に23の6000m峰が連座しています。キルギスタンでもっとも耳目を集める山域の一つで、ソ連時代の終わり頃から多くのアルピニストが訪れているため情報も比較的手に入りやすい。かつて天山の最高峰と目されていた ハン=テングリ(Хан Тенгри/ Khan Tengri)は、実際の標高が6995mとされているものの、氷河を考慮すると山頂は7010mに達するということで、「7000m峰」の仲間入りをしています。一方のポベダ峰[Победа〈勝利〉/ Жеңиш чокусу/ Pobeda]は、相方の20kmほど南方の目と鼻の先にありながら、1943年になってようやく公的に認識され、3年後対ナチスとの戦勝を祝してそう名付けられました。キルギス最難峰の一つで、記録に残されている初登頂はそれから10余年を経た1956年となっていますが、1938年に既に登られていたという説も広く受け容れられています。中国との政治的関係の悪化から、その後ほとんど民間人がこの国境地帯に立ち入ることのない時代が続きましたが、1985年に第二次世界大戦終戦40周年記念行事の一貫として米ソ合同の登山隊が登頂して以来、登山家たちの聖地として人が集まるようになりました。

一般的なベースキャンプは、両者の間に在るゴーリキー峰(Максима Горьково/ Gorkiy)[6050m]の南東麓[約4000m]に7月中旬から8月末頃まで設置されており、カラコルから続く未舗装路(A364)沿いの廃墟化した町から10km東方の夏期幕営地マイダ=アドゥル(Майда Адыр/ Mayda adyr)[2600m:N42.0870, E79.2451]から、ヘリコプターか、エンギルチェク渓谷・氷河(Иныльчек/ Эңилчек/ Inylchek, Engilchek)を遥々遡って(4日間)辿り着くことができます。ハンテングリとポベダでは後者の方が高さだけでなく技術的な難易度も高く、両方の登頂を狙う場合はほとんどの場合ハンテングリを先に登ります。ハンテングリでは、鞍部より上部の稜線にはフィックスロープも備え付けられており、登攀用の装備は必須ではありません。ただし、 クレバスへの転落や雪崩のリスクは言うまでもなく、氷塊の崩落(アイスフォール)も避けて通れない危険因子で、気温が上がる8月末頃は特に注意が要ります。南方で広大なタクラマカン砂漠に接するという特殊な地勢から概して気象条件は過酷ですが、天気が相対的に安定するのは8〜9月頃で、9月には気温が下がってしまうことを鑑みると、8月上旬が最適期と言えます。周辺には、当然のことながらこの二座の他にも多くの高峰が犇いていおり、わずかながら6000m級の未踏峰が残されているのもこの山域です。

また、ウスク湖(イシククル)の南縁を睥睨する遠大なテルスケイ=アラトー(Терскей/ Terskey)の東部には、カラコル市街の背景にその姿を覗かせているカラコルスキー峰(Караколский/ Karakolskiy)[5216m]が聳え、そのお膝元の国立公園区域にある山上湖アラコル(湖)(Ала-көл/ Ala-kol)[3550m]を通って周回するトレッキングはとりわけ人気があります。この山塊の北西面はキルギスを代表する近代的なスキー場になっていて、アウトドア基地としてのカラコルの冬場の呼びものとなっています。カラコルより西方にあるバルスコーン(Барскоон/ Barskoon)や玄奘が通ったと推定されるボコンバエヴ(Бөкөнбаев/ Bokonbaev)といったイシククル南岸の各町も、北に向かって開かれた渓谷への入口であり、鷹匠と共に伝統的遊牧民文化を体験する乗馬トレッキングや、極めて希少なユキヒョウのフォトハンティングといったユニークなツアーも企画されています。

天山山脈北部(Northern Tianshan)

一口に北部天山山脈といっても、東西に延びる長大な山系で、バルクチュ北西のチュイ渓谷(Чүй/ Chuy)を境に、ビシュケクの南方に並み居る西のキルギス=アラトーと、イシククルの北側に立ち並ぶ東のクンゴイ=アラトー、さらにその北側のカザフスタンとの国境に跨がるイリ(又はザイリ)=アラトーに分けることができます。

West NTS

キルギス=アラトー(Кыргызский Ала-тоо/ Kyrgyzskiy Ala-too)は東西300kmにも及びますが、登山者の関心を呼ぶのは主に、首都圏からのアクセスが容易でこの山系の主峰が群立するアラ・アラルチャ国立公園▼とその周辺の渓谷です。一風変わった例を挙げると、ビシュケクとトクトグル方面を結ぶ国道M41の東にあるアクスー渓谷(Ак-суу/ Ak-suu)は、最深部の標高2500m近くまで道路が延びており、2011年に無名峰から一躍ウラジミール・プーチン峰(пик Владимирa Путинa/ Vladimir Putin peak)[4446m]と名付けられた目立つ山の麓までアクセスすることが可能。 東側には、2000年にクルグズ人ノーベル文学賞の名が賦与されたアイトマートフ峰(Айтматова/ Aitmatov)[4650m]を挟むように、一般向けの宿泊施設も備えたアラムドゥン渓谷(Аламүдүн/ Alamüdün)とウスクアタ渓谷(Ысык-ата/ Ysyk-ata)が流れを刻んでいます。前者は高度1000mの岩壁も擁していますが、アプローチに時間を要します。

East NTS

他方クンゴイ=アラトー(Күнгөй/ Küngöi)とイリ=アラトー(Илиский/ Iliskiy) の首座といえば、カザフスタン側のタルガル(Талгар/ Talgar)[4978m]で、国境がなかったソ連時代は、カザフスタン側から山越えをしてキルギスタンに入るといったことも盛んだったようですが、両国独立後は手続き上の問題からこうしたことは事実上できなくなってしまい、入山はふつう北岸の観光都市チョルポンアタ(Чолпон-Ата/ Cholpon-Ata)周辺からに限られる。ただ、冬季に湖面に浮き立つように一望できる雪山の連なりは美しく、登る山と言うよりは眺める山として親しまれます。

アラアルチャ国立自然公園(Ala-Archa National Nature Park)

アラ・アルチャ国立自然公園(Ала-Арча/ Ala-Archa N.P.)は、キルギスにおける上高地と穂高連峰のような位置付けで、登山者のみならず、夏は要人や一般市民も避暑や散策などに訪れます。市街地から南に40km(舗装路50分)ほど離れた道路の終点には、通年営業の甲乙二件の宿泊施設と小商店(夏期のみ)があり、そこから壮大な景色の中の明瞭な小径を水平6km標高差1200m(4時間)ほど登って行くと、威容を誇るアクサイ氷河の下部のラツェックキャンプ(Рацек/ Ratsek)に到ります。そこに建てられたアクサイ小屋(Хижина Ак-сай/ Ak-say hut)[3370m: N42.5361, E74.5369]は、インターネットから予約も可能で、キルギスでは珍しく管理人が冬も常駐しています。周囲は、青白い氷河を身に纏った雄大なジャンダルム達に見守られた別天地で、中級者から上級者まで満喫できそうな様々なルートが無数にあり、夏はここを拠点に登攀に明け暮れるクライマーでささやかに賑わいます。

最高峰は、セミョーノフ・ティェンシャンスキー峰(пик Семёнова Тян-Шанского/ Аламүдүн чокусу/ Semyonov peak)[4875m]で、渓谷から南に向かって際立っているのが次峰コロナ(Корона)[4850m]、そして高度1000m前後の手強い壁を誇るスヴァボードナヤ・コレア(Свободная Кореа〈自由の朝鮮〉/Svobodnaya Korea)[4740m]がここの盟主で、これらに比肩するいくつかのピークもほとんどがロープを必要とする氷と岩の山ですが、ウチーティリ峰[пик Учителя 〈先生〉/ Uchitel peak ][4540m]は、登攀装備を持たずに登頂することができるため、一般登山者に最もポピューラーです。7000m峰への高度順応を兼ねた足慣らしの場としてもさることながら、あえて足を運ぶ魅力も十分に備えています。

天山山脈西部(Western Tianshan)

西部天山山脈は、キルギス山脈の支脈からオトモク峠(Өтмөк ашуусу/ Ötmök ashuusu)を挟んで東西に走るタラス山脈(Талас/ Talas)と、北東〜南西方向に並んでいる三つの山脈から成っています。キルギスの西側は、いくつかの山地によって首都圏から隔てられているためアクセスが不便であり、むしろ山系の北側ではカザフスタンのタラズ(Тараз/ Taraz)、南側ではウズベキスタンのナマンガン(Наманган/ Namangan)の方が空間的にも経済的にも近いのもあって、登山の対象としては一般的ではありません。

WTS mountain ranges

最高峰はおそらくフェルガナ盆地に面したチャトカル山脈北部のアフラトゥン峰(Афлатун чокусу/ Aflatun)[4503m]で、南東山麓には植生豊かなパドゥシャアタ(Падыша-Ата/ Padysha-Ata)と湖も美しいサルチェレク(Сары-Челек/ Sary-Chelek)の二つの自然保護区があります。ランドマークは、西の果てのカザフスタンとウズベキスタンとの国境付近に悠然と聳え立つマナス山(Манас/ Manas)[4484m]で、伝説的英雄の名に相応しい居住まいを見せています。この山の20km北方に位置するシャケル(Шакер/ Shaker)という村は、文豪チンギス・アイトマートフの生まれ育ったところで、西の都タラスの近郊には博物館を備えたテーマパークのようなマナス記念公園(Манас Ордо)があります。

キルギス中部山地

Central mountain ranges

ナルン北西の美しい天上の湖ソンクル(キ Соң-көл/ Song-kül, ロ Сонкель/ Sonкеl’)を取り囲んでいる4000mに満たない山地ですが、湖畔まで自動車でアクセスすることが可能なのもあり、キルギスの自然と文化をほどよく堪能したい場合には理想的な土地かもしれません。青々とした草が生い茂る夏の間は、湖周辺の遊牧民が羊や山羊などの家畜を放牧するために移動式住居ユルタ(ボズュイ)を建てて、馬と共に昔ながらの生活を送っており、数箇所で観光客向けに整備されたキャンプも設営されているため、旅行会社が乗馬やトレッキングなどを交えてツアーを提供しています。

ナルン東部山地

ナルン東部山地」というのは便宜上の呼称であって、実際の呼び名はイシククル(湖)南岸山地等まちまちで一定していません。ここでは、テルスケイ=アラトー西部やカクシャール山脈中部を含む中央天山山脈西方を広く指しています。

Eastern mountain ranges

西部テルスケイ=アラトーの背後(南側)はアプローチの困難なより玄人向けのエリアで、5000m前後の峰々を取巻く広汎な万年雪に覆われたアクシュイラク山脈(Ак-Шыйрак/ Ak-shıyrak)では、主に北斜面で夏の最盛期以外の一年を通じてバックカントリースキーをすることができます。北西側にキルギス最大の金鉱があるため、カナダ資本の運営会社クムトール(Kumtor)の許可を得れば、アクセスに整備された道路を用いることも可能です。アクシーラクの東に坐すのが、山域の最高峰コンスティトゥーツィ(Конституции〈憲法〉/ Constitution)[5281m?]を戴いた野性味溢れるコーリュ(クイリュー)山脈(キ Көөлү/ Köölü, ロ Куйлю/ Kuylyu)で、山の多くは未開拓です。また、これらの山塊の狭間は、サルチャト=エルタシュ動物保護区(Сарычат-Эрташ/ Sarychat-Ertash)に指定されており、オオカミや野生の山羊アイベックス(Capra sibirica)、角の一層大きな野生の羊アルガリ(Ovis ammon)、運が良ければ(或いは悪ければ)ユキヒョウ(Panthera uncia)にも出会い得る秘境です。ただし、指定区域への立ち入りにはバルスコーンにある事務局から許可を得る必要があります。

ナルン南部山地

Southern mountain ranges

これらは、人里から最も隔たれた土地にあって、人を寄せ付けない気候的にも厳しい山域ですが、テングリタグから延々と中国・新疆との国境を成すカクシャール山脈西部[Западный Какшаал/ West Kakshaal]は、1970年代以降それなりの数の遠征隊が訪れています。それでも、氷河が張り付いた5000m級の高峰群は、ことごとく人間の挑戦を撥ね付けてきているため、半数以上は征服されていません。また、カクシャールの北西側にある、ボルコルドイ山脈(Борколдой/ Borkoldoy)といったいくつかの連峰は、キルギスタンでも最も手付かずの山域で、登頂の記録が数える程しか残っておらず、ほとんどの4000m峰といくつかの5000m峰が未開拓のままとされています。この辺りは、『東方見聞録』に言及されていることからマルコポーロシープの名で知られる、アルガリの亜種(O. ammon poli)も生息しています。

人跡未踏の地という点から言えば、ナルン(Нарын/ Naryn)南方・中国国境のトルガルト峠(Торугарт/ Torugart)から北西に向かって伸展しているアタバシュ山脈(Ат-Башы кырка/ Атбашинский/ At-bash)は、首都圏から遠く離れてはいるものの、北麓に沿って公道が通っているのでアクセスが比較的容易な穴場と言え、中央アジア最大と言われる滝もあります。4000mクラスでも、50近い処女峰が残されているとされ、オフロード車や馬を駆使すれば、頂上から標高差700mの辺りまでにABCを設営することができます。

ナルン西部山地

Western mountain ranges

パミール(Pamir Mountains)

パミールは、ヒマラヤからヒンドゥークシュや崑崙山脈を経て天山へと連なる長大な山塊で、キルギスタンではトルキスタン山脈やアライ・ザアライ山系を成している。日本では一般に「パミール高原」の名でも知られています。

Pamir mountain ranges